資本主義とプロ意識 180116

資本主義とプロ意識 180116
 
プロとアマは立ち位置からして違うのだから
本来ならば比較の対象にすらならない
プロは本音を外して即物的な外目線の社会的な価値観を尺度として
縄張りの旨味を狙い
アマは自分の本心を拠り所とした迷いのない自己目線で
無限に多様な選択肢からワルビレルことなく一瞬一瞬を判断していく
中途半端なセミプロ気取りや気の多いつまみ食いで
その他大勢の大衆が権力への媚と依存に右往左往する
大多数を占める日和見な大衆が目覚めて大衆でなくなって
過去をベースとする知識を咀嚼し今を見極める視野を持って
意識を研ぎ澄ますようになれば
自主性を持って集い怖いものなしで社会に貢献することになる
 
後出しジャンケンの社会的価値観には
コストによる結果という分かりやすい終着駅があるけれど
自主的な選択にはプロセスのみの終わりのない
永遠の連鎖と成長して行く冒険と発見の愉しさがある
 
相対するお互いが信頼による共生関係にあれば
競争原理に溺れたプロ意識の必要が薄れて
縄張り根性から解放された多様な選択肢の中で
相手と自分の自在性と対等性を発揮し
切磋琢磨による相乗効果に目覚めた
マチュア意識を中心に据えることになる