◎それは進化なのか変化なのか 170210

◎それは進化なのか変化なのか 170210
 
有限という部分性から世界を見れば
それは間違いなく時間軸に固執した
進化と退化のどちらかだと言える
がしかし
時空という無限性を加味する
全体観からこの世を見れば
あの世を含んで渦巻く変化としか言いようがない
 
それは一成る点である玉に限りなく
近づこうとして流れるビッグバンであり
ドーナツ状のトーラスやクラインの壺メビウスの輪
描いているのかもしれない
私達の言葉で言えば輪廻転生であり
マワリテメグルあなたと私による相対性時空間の
意識という理なのである
 

距離と角度と多面的視野 170208

距離と角度と多面的視野 170208
 
一つの実態を深く知るには
裏と表を近くと遠くから同時に五感で感じる
多面的な把握が必要なのだ
 
時空の幅をどれだけ広く深くとらえるかの理が
愛への方向性を示す
この対極にあるのが過去の具体的なディテールに根ざす
一点集中的な情なのだ
 
変化の中で今を見透かすには
より深い抽象的な愛を裏付けとして
具象的な情を選択し続ける必要がある
 
臆さずに出会う相手と正面切って向き合うことで
相対する神の裏が悪魔だというパラドキシカルな現状を超えて
調和の環境を創造することが可能になるのだ
 

専門家と趣味人 170207

専門家と趣味人 170207
 
利益追求でしか無いプロの世界は
自然からの無断の借り物である余剰生産物と共に発生した
所有や侵略や権利や搾取と共に分業と差別も始まる
 
暴力的で自分勝手なモノの所有が地球上の全てに行き渡ると
依存先が無くなって所有物の目減りが始まり
その不安は理不尽の元となって
見えないモノに対する権利に主張を広げ
知的財産権というこれ又歴史を独り占めしようとする
特許権だの著作権だのと過去の知識の蓄積からの
拝借なしに有り得ないモノに対する独占権を主張しだす
 
今では調和と切磋琢磨と相乗効果によるアマチュアの
ファインプレーと誇りの祭典だったオリンピックすら
駆け引きのみに商業化された興行事業となってしまい
世知辛い切った張ったのヤクザ的競争原理に塗りつぶされた
 

負で表現される法律の弱点 170205

負で表現される法律の弱点 170205
 
前向きなモラルと違い
後向きの負で示される法律は過去に縛られてしまう
 
現状における民主主義の社会は
貧困や差別という問題を集うお互いが補い合うことで
解決するために作られた法治国家の筈であり
行政や議会や司法に携わる人々は
この公務を遂行する喜びを求めて
公僕と言う仕事を自ら選んだ筈なのに

誰かが知識に溺れて目先の強欲にとらわれ参加意識を薄め
秘密と嘘で盗み出した余録を合法的な所有物として隠し
逃げ切ろうとし始めると
社会に府の循環でしかない損得感が蔓延し出す
その結果が物質至上主義の競争原理を生み出し
一人一人の幸福を創造する手段であった経済を目的化して
負のスパイラルでしかない戦争経済へと陥ることになる

この堂々巡りを曲がりなりにも是正するには
過不足のない無条件のベーシックインカムこそが
必要最小限の前向きな政府に戻し
税金の使い方として最善の策になるのだけれど
官僚を始めとして縄張りに群れる利権の所有者達は
税金などから奪い集めた結果である所有物を武器として
その利権による物量の暴力と更なる悪法を積み重ねることで
三権談合という縄張りを守り更なる利権を増やすために
依存と搾取と支配を正当化しようとし続ける
 
これに対向するには同じ物欲という武器ではなく
すべての参加者が自主的に選ぶ幸福を追求できる
視野の広さと意識の深さを武器に丸腰で実践する
五分五分の正攻法の術しかない

三権分立の自己矛盾 170205

三権分立の自己矛盾 170205
 
民主主義のお題目である三権分立も墓穴を掘っている言葉だ
権力を否定する筈でありながら公務を権力としてはばからない
相乗効果を生み出す筈の前向きの集いを
所有権という縄張りにしている後向きの関係を見るだけでも
建前でしか無い未熟さを隠し得ない
 
表向き公僕と謙虚でありながら公務を占拠し
資格と既得権によるプロと縄張りで無期限に法という砦に居座る
これが拒否権と罰則で成立つ法治国家の限界なのだ
 
手段としての民主主義を真っ当に機能させるには
嘘と秘密のブラックボックスを取り除かなければならない
個々が自由自在に選ぶプライベートは守るものではなく
解放し合う中で尊重し合う姿であるべきなのだ
 
これを可能にする集いは参加するそれぞれの心が
自分で描き続ける五分五分の冒険とそれを支える信頼の
二つが織りなす意識で満たされている関係が必要なのだ
 
横糸で個々による体験と咀嚼された発想で
目的である全体観を描きながら
自律を目指すという手段としての縦糸に乗り
生き伸びる摩擦の現場を磨き砂にして
清濁併せ呑んで行く冒険をたのしむのが人生である
 

カタカムナへの道 関川二郎 Ecoクリエイティブ

カタカムナへの道 関川二郎 Ecoクリエイティブ

 
30年近く前に宇野さんにもお目にかかり
本も一通り読み通したこともあるせいか
前半はやや退屈だったけれど
後半に入ると徐々に目がさめるように面白くなった
それでもこれを深く理解するためには何度も読み返した上で
自分なりに書き起こしながら確かめていくしか無いだろう
 
般若心経の空は在るとも言えるし無いとも言えるというように
漠然としていて抽象性が強すぎるが
このカタカムナでは潜象という抽象部分も
現象部分と同じように五感で理解できる所が面白く
当たり前に取り組みながらたのしく実感を持って
自分の心を磨き上げていけそうなきがするのである
兎も角も可能性が見えるのがうれしい