小学生以前の意識に戻りたい 171211

小学生以前の意識に戻りたい 171211
 
基本一人で学べば同じ環境を堂々巡りして
全体観を目指せない
三人寄れば文殊の知恵
裸の信頼関係で集えばお互いの違いと
多様性に触れて視野を広げることができる
 
しかし見通しの効かない大組織の人間ほど
依存度が高くなり
自主的な好奇心いっぱいの子どもが
大人の作った公的学校にはめ込まれると同時に
所有による縄張りに追い込まれ
自らを閉ざすことで未知なる冒険となる
今の選択を過去への執着心でブレーキを掛けて
物欲にのめり込み体験することの好奇心を
安全圏から覗くだけの興味本位にすり替えた
 
早い者勝ちで対立する縄張りは借り物の知識と
嘘と秘密で奪い合う競争原理で成り立ち
意識というパイを大きくする発見は
今現在の切磋琢磨による高みに立って
前後左右上下を広く見渡すことでのみ
可能となるのである
 

現代社会に仙人と言う選択肢はない 171209

現代社会に仙人と言う選択肢はない 
171209
 
社会という集いは人々が切磋琢磨して
全体観を創造するための前向きの場なのか?
依存を企むために不安を作り出し
奴隷を捕獲するための後ろ向きの罠なのか?
 
どうやら現状を見る限り
過去に依存し利権を貪る為の縄張りに墜落させた
陥っている姿を確認できる
所有システムのグローバリズムが隅々まで行き渡った現在
脱エジプトどころか
一人の仙人や吟遊詩人になる余地さえ残されておらず
全ての人間は無知と享楽によって飼いならされ
奴隷やペットにすらなれないものは
家畜の餌とされ生贄と見せしめの対象物でしかない
 

経世済民 171204

経世済民 171204
 
《世を経(おさめ)民を済(すくう)》
忘れていたこの言葉を最近立て続けに見かける
ということはこうした内容に個人的に飢えているから
目に付いているだけなのか
社会全体が経済を目的に据えた競争原理の飽和状態から
逃れるために雪崩を起こそうとしているからなのだろうか
 
経済は人間の生存を支えるボランティア精神による手段であり
地産地消をモットーとし
その個々の目的である表現活動と集いとしての文化は
グローバルに交流して切磋琢磨することで
体験から得る知識を咀嚼して得る具象性をベースとした
意識を深く広く育てることである
 
それが過去の即物的知識をベースとする利権獲得を目的とする
競争原理に呑み込まれた市場原理経済に血道を上げて来たのが
有史以来の体験である
この数千年の時を費やしてきた共食いの関係から
抜け出す山場と遭遇できるチャンスなのかもしれないけれど
いずれにしても分水嶺で目にする大変動の雪崩に
巻き込まれた瞬間から翻弄されて我を見失うか
乗り切れるかの一世一代の冒険に踏み出す勇気と選択眼を
養えてきたかどうかの分かれ道である
 

自給自足のまねごと 171204

自給自足のまねごと 171204
 
秋になって木々の葉が落ち
市有地が戦争を引きずる森林組合
占拠されるという無法がまかり通る
キノコ狩りの縄張りも終えたので
久し振りに荒れ放題の裏山を掃除した
並行して少しだけ自給自足のまねごとを愉しむ
 
小さな畑を作りイノシシの嫌いな
タマネギにニンニクなどネギ科で囲い込んだ中に
サヤインゲンなど植えてみたり
柴を集めたり苗木を植えたり
去年間引いた木で薪ストーブの薪割りして
ストーブの灰を酸性の畑土にすき込み家事炊事洗濯
長年溜め込んだ原料の見本などなど身の回りを整理整頓
只々一日一日がウソのように過ぎて行く
合間合間の休みには腰を伸ばすついでに本を読んだり
ホコリを被っていたレコードを
鳴らしてみたりしながら考えることもするけれど
思いつくこまごまとしたことだけで忙しい
コレを百姓というのかもしれない
 
何をしたというわけでもないんだけど
それなりに充実した後味で日が暮れる
仕事だの生産だのって何だったのかと
家事に追われてお金を稼ぐ仕事など暇もない
コレが人間らしい普通の暮し方なのかもしれないと
納得してみたりする
 

公共貨幣 山口薫 東洋経済新聞社

公共貨幣 山口薫 東洋経済新聞社

PUBLIC MONEY 政府債務をゼロにする

 

図書館に注文したのがイツだったか忘れるほどに
日が過ぎて他の図書館から借りましたと連絡が来た
それほどに売れていない本のようだが
はじめにの5ページを読んで引き込まれてそのまま本文に突入

経済学者は政治学と違い
本来の再分配とか相互扶助だのを考えない
一方的に市場原理や競争原理を持ち出して

内需よりもグローバル化を目指して
不平等な条約を押し付け
金融システムを目一杯に活用して
とことん売りまくり搾取するシステムを考えることを
経済学と名付けた只の暴走である

こんな利己的で矛盾と嘘と秘密に満ちたヤクザな生き方を

学問にしてはいけないし

政治の目的にすげ替えてもいけないという訳だ
さて
山口さんの主張はこれから拝読することになるが
多分同感できた上に目からウロコで学べる内容だと期待している

手段であるべき経済 171129

手段であるべき経済 171129
 
公務の目的は信頼によって補い合う集いを
民意に添って促進することである
衣食住を循環させる経済はそのための手段であり
政治が経済を目的にしてはならない
 
しかし過去を利権として執着すると
依存搾取支配という流れの中で
経済的な競争原理が発生して
政治の目的と手段が本末転倒を引き起こす
目的が曖昧に隠されてしまうために先が見えなくなり
今現在の選択と言う冒険が恐ろしくて振り返ることになる
そのために益々具象的な物である過去にしがみつき
益々灯台下暗しとなって不安恐怖に包まれる
強欲との悪循環に陥る
 
この負の連鎖を打ち切るには全体観に気付き
今現在の選択による出合いを中心に据えるしかない
 

循環か?行きっぱなしか? 171128

循環か?行きっぱなしか? 171128
 
辺りに気を取られて糸の切れた凧は行方知らず
旅の恥はかき捨て
今の中心を生き続ければ輪になった螺旋が
入れ子状態でトーラスに流れる
 
時間も空間も有って無い無限の今を選択し続けるには
具象的な過去に依存せず
けじめをつけていなければならない
 
過去と未来の二足のわらじを履くことは
過去が枷になって変化し続ける今の瞬間に
踏み出すことができずに
お手盛りで未来に付けを回すことになる
 
今を選び続けていることは
常に過去を流す循環エネルギーに乗って
ダンスを愉しめている状態にあるということなのだ
 
尻切れトンボは行きっぱなしのねずみ花火のように
行方知らず