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異界への旅1 水木しげる 中央文庫

水木しげるが傷痍軍人として片手を失い

戦後復員して何十年かの後

作家としてデビューした当時の

短編読み切りの作品を集めたものだ
シリーズ4まであるがその一巻には
6編修められている

最初の《テレビくん》がデビュー作でもあり
講談社児童マンガ賞を得た代表先でもある

何と言っても妖怪一筋という我道を貫く異色作家である
後に大ヒットとなるゲゲゲの鬼太郎
長い連載となって多くの大人を含む愛読書を掘り起こした
今でも生まれ故郷の鳥取県境港市に行けば
人気キャラがたむろする妖怪通りが迎えてくれる

版が小さいのだけが残念ではあるけれども

致し方ないのかな〜

人体5億年の記憶 布施英利 海鳴社

人体5億年の記憶 布施英利 海鳴社
解剖学者 三木成夫の世界

人間には感覚と運動の営みがあって
栄養と生殖という植物的な部分と
餌を取るとか異性に近づくと言う
知覚や運動の動物的な従属する部分があり
基本は植物的身体なのだという

動物的な器官は脳
感覚系と伝達系と運動系の3つから成る
五感で外部とつながる感覚系を受けて
神経から脳を経る伝達系を通して
骨と筋肉で体を動かす運動系によって働く

植物的な器官は内蔵
エネルギーや栄養物の吸収と循環と排出をつかさどる部分
胃や腸に心臓や血管に大腸や黄門と腎臓に泌尿器

頭蓋骨と言われるドクロは目から耳の線から上を
脳頭蓋と呼ぶボール状の部分と
顔面頭蓋と呼ばれる複雑な下の部分の分けられる
脳の入っていっている頭蓋骨は動物性で
顔面骨は口にまつわる植物性だという

人生の手段でありながら動物性器官の
優位な立場によって忘れられがちな
本来ならば目的である筈の植物性器官を
《こころ》の世界と呼んだ

立つという姿勢は人間特有の
遠くを知りたいという好奇心の現れで
手と脳の発達はその広がった視界のよって
もたらされたもので
以後人間は
所有欲による依存と執着を追い求める競争原理と
切磋琢磨による補い合う共生の原理と言う
両刃の剣に悩まされることになる

動物器官である手足が植物器官の心情に奉仕する姿なのか
逆に心を支配する手足が世界を搾取するのか

神経の中にも無意識のレベルで内蔵をコントロールする
二つの植物神経として交感神経と副交感神経がある
交感神経はノルアドレナリンを分泌して活動を促し
副交感神経はセチルコリンを出して
行き過ぎた活動を緩める働きをしてバランスをとる
同時に心の役割を生み出した

意識は脳にあり
無意識の範疇にある心はお内蔵にある
心臓の鼓動が変化したり息が止まったり
胃が痛くなったて下痢したりすることに関わるのは心である

心は生命の本質であり深い所にある=抽象性の高い生命の目的
意識は活動的で付帯的な浅いところにある=具象性の高い生命の手段・道具
循環系の中心である心臓と
伝達系の中心である脳と見る
これを
脳の血管分布と心臓の神経分布と見なす見方もある
血管系の動揺が感情を表現する
脈動は植物器官系の《遠観得性》を象徴するとしながら
上古代人は大宇宙のリズムの中の小宇宙と捉え
個々の生物における肉体的な表現とし
現代人にな失われたものだと考えた

優れた言葉は豊かな内臓の感受性から生まれる

 

◎対等性と暴力の関係 170528

◎対等性と暴力の関係 170528
 
出合う双方の自律を基本として
対等で自在な関係は成立つ
この相対関係をつなげていくことで
民主的な社会を広く構成することができる
それはお互いの対等な自己責任であり
この関係に第三者や法律の関与する余地はない
 
例えば自己成長するAI人工知能ロボットと
人間との関係を対等だと認め合えれば
お互いに一人の存在として認識する必要が起こる
相手の許可なしに相手に関することに
関わることはお互いの意識と尊厳が許さない
 
そこには保たなければならない距離感が発生し
それは一定のものではなく
相互の意識状態次第でしなやかに変化し続ける
もしもセンサーが感知できずに相手のオーラ内に
どちらかが侵入されたと感じれば
その時点で暴力が発生したということであり
どちらかが相手を侵していることになる
ストップのサインがあれば議論の末に
双方の尊厳に懸けて妥当な所まで
お互いに退かなければならない
 
以上の点で神や権威や法律という上から目線による
第三者の介在を必要とする平等観とは
全くもって別の認識である
 

 

◎民主主義の基本 170528

◎民主主義の基本 170528
 
義務も責任も相手に問うものではなく己の問題であり
権利のみが相手に対して与え合うモノである
以上の関係を前提にすることでのみ
自律で成立つ直接民主主義を実行することができる
この義務と責任と権利の関係を真逆にしたのが
所有権を盾に取る競争原理社会である
 
という訳で
競争原理でのみ成立つ資本主義が市民の納得を得るために
建前として取り入れたのが間接的民主主義である
これは所有という暴力で成立つ主従関係を
法による支配と義務感で無理やり秩序付けたものでしかない
法律というお仕着せで個々の民と民意を管理するために
対立する縄張りを正当化してごまかす為に持ち込まれたのが
自由・平等・友愛による平和と言う概念である
これは本音を隠すプロパガンダでありカンバンにすぎない
 
つまり日本語に訳された
自由・平等・友愛による平和という文言は
大前提である自律性を欠いたもので違訳である
西洋においては社会の大前提として一神教の存在があり
依存の中での個々の尊厳という矛盾を抱える曖昧さがある
本来の民主主義は自主的に各々が自律を目指す
自在・対等・信頼による調和の関係を求めて行くものである
この関係は永遠のプロセスであって結果という終着点がない
 
ということで民主主義を目指すならばそれなりの覚悟が必要になる
各自が自主的に自律を目指して日々の暮らしを前向きに選択し
出合った相手と切磋琢磨による関係をつくり
依存に執着し合う縄張りを避けて対等に集い
積極的に意識の視野を広げ成長することを愉しむ
冒険の旅に参加することである
 
幸福という喜びと出合うためには前向きに生きることで始まる
相乗効果がもたらす縁起という摩擦を感じない
しなやかな関係を創造し続けていなければならない
 

◎成長のメカニズム 170527

◎成長のメカニズム 170527
 
人間は他力の外力によるアメとムチで
ほめられたり鍛えられたりして育つのか
あるいは自力の好奇心によって
冒険することに喜びをもって育つのか
それとも自己催眠による
思い込みに押されて育つのか
 
現実にはこれら全ての総合的な環境を
バックボーンとしながらもどれかを中心軸として
何らかの社会的価値観に依存しながら育つのだろう
 
しかし産まれたばかりの赤ん坊は
与えられた環境を全世界として一人で受け止め
手足の五体と五感を使って
自分のオーラと意識のとどく限りを
出合った相手と切磋琢磨することによって
理解しようとしているように思える
 
そこには計り知れない時空間があり
相対する相手があることを自力で突き止めていくだろう
このことを基本に考えれば自主的な好奇心が
主導する姿が本質的なモノとして
浮かび上がってこないだろうか
一人ひとりの根底にはこの湧き上がる冒険心と
それを支える母のミルクに代表される物的エネルギーが
備わって誕生したのだと確信できるのではないだろうか
 
残った環境の全ては補助的に備わっているモノであって
あくまでも己の意識が中心であることを
アイデンティティとして誇りを持って
あるいは大地としている必要があると思われる
 
国家でも祖国でもなく
宗教でも血でもなく
文化でも知識でもなく
己自身の意識であり冒険心なのでは無いだろうか
 
 

好奇心の大きさと進化 170526

好奇心の大きさと進化 170526
 
大きさとは遠い未来へ思いを馳せる夢でもあり
中心の奥深くにフォーカスする元素への旅でもあるし
更なる未知の真理を探求する意識でもある
 
例えば春先にクマンバチが頭上でホバリングしている時
そこに何を見ようとするかでその好奇心の大きさが決まり
そこで学ぶ対象が選ばれる
 
ホバリングの音に注目するか
次の行動に備えるか
ハチの思いにチューナを合わせるか
 
刺されるという不安に陥ればハチとの距離が極近くになり
具象性に富んだ過去のリアリティーに向かい
記憶と重なるだろうし
その目が何を見ようとして何を感じ何を考えて
何を決断しようとしているかに思いを巡らせば
その距離は時空を超えてとりとめもなく広く捉え
抽象性の高いところまで心を解放するだろう
 
人間が次のステップを選択するためには
こうした経験が必要であり
その状態によって今を知り目指す方向が明らかになる
手の届く近くを目指すならば具象性のみで十分だろうし
遠くに視点を置くほど抽象性の高い幅広の目標を定め
それを可能にする具象性を道具や手段として必要とするだろう
 
進化はこうした未来への好奇心と期待の大きさと
それを実行する冒険心に掛かっているのである
 

守るも攻めるも大自然 170524

守るも攻めるも大自然 170524
 
この世は弱肉強食による侵略関係なのか
それとも食物連鎖による棲み分けなのか
あるいは弱肉強食と競争原理の危うい関係を体験しながら
食物連鎖によるお互いの自律を模索し
調和の関係と補い合う棲み分けを目指して
程々の距離を感じ取りながら管理し合っていくのか
 
もしも自衛を覚悟しなければならないとすれば
侵略者が居ることの裏付けがなければならない
侵略し合うことがこの世の定めならば
先手必勝が防御の基本とならざるをえない
つまり自衛など矛盾に満ちた話で
意味のないことになるし
侵略の関係では循環することもなく
行き止まりで一方的な右肩上がりの縄張りを
拡大し続けていなければならず
足踏みをした途端に寝首をかかれることになって
共食いで自らを食い尽くした暁には
消滅が待ち構えている結果で終りとならざるを得ない
 
このように消去法で考えてみてもこの世は
弱肉強食でありえないことがハッキリと見えてくる
ならば最初からこの世が楽園であって
人は目的もなくただただ贅を尽くした
存在であればいいかというと
それも退屈なだけのナンセンスでしかないだろう
 
だとするならばこの世はどこまでも未完成で
人は完璧な調和の関係を描いて創造することを
目的とした冒険の世界だと理解して
自主的に真理の発見をたのしめていさえすれば
好奇心とその都度の発見で心満たされている筈だ
より洗練された社会を求めて実験を重ねる
成長のプロセスの鮮度を常に保ちながら
相対する切磋琢磨の関係を続けていくことを喜びとして
守るでもなく攻めるでもなく調和による相乗効果で
過不足のない中庸を描き出して行くのが
この世の人生として選ぶべき道でないのだろうか