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◎つくるとこわす 160618

◎つくるとこわす 160618
 
目的を持ってつくることは壊すことの範疇
しかし壊すことはつくることに当てはまらない
壊すことは一部につくることを含むけれど
壊しす事自体は目標もなく
どちらを向いても壊すことでしかなく
混沌とした無限に散らばった関係である
 
直すはつくるの範疇
しかしつくるは直すの範疇なのか
無から目的を持って作るのと
有から目的を持って作ることの違いを考えると
微妙に収まり切らないとも言えるが
共に創造の行為であることで同意語と言えるだろう
 
ならば
何も無いことを意味する《無》は
在って無い《空》の範疇だけれども
空は無に収まりきれないから別物
 
だとすれば
部分は全ての範疇であるが
その逆の全ては部分の範疇に成り得ない
そしてこの部分の一つを全体と見なす
より小さな部分も
次元の違う小さな全体を構成している一つである
 
この全体と部分の関係から見て
対等性は平等性を含むが
平等性は対等性を含みえず
自在性は自由性を含むが
自由性は自在性を含みえず
調和は平和を含むが
平和は調和を含みえず
 
視野の広い民主主義の環境は
お互いの違いを大事に認め合い共有することを目指すが
視野の狭い競争原理主義
相互の違いを認めて共有することは不安恐怖が邪魔してできない
つまり資本主義において民主主義と二人三脚することは
部分が全体を従えるようなもので本末転倒であり
根本的な矛盾をはらみ不可能なのである
 
目的という全体観を見失って潰し合う
混沌たる競争原理で成り立つ利権争いの資本主義は
短絡的に壊すことで搾取独占する部分性を目的としており
民主主義は部分が自主的に集い
全体を創造して育てることを目指しているので
この二つの状態が融合することは水と油の関係でできない
 
お互いに相手から得る過剰な摩擦の刺激で学ぶ
反面教師としての役を担うしかないのだろう
このことが相対性時空間のこの世で
無くてはならないパラドックスであり
生命が目的とする
一成る無限を相対的に視覚化するための重要な要素なのである