量子論から解き明かす心の世界とあの世  続き 151004

量子論から解き明かす心の世界とあの世  続き 151004
 
《この「命題」(心の世界の解明)への対応は
近代西洋科学ではこれまでは
「科学外の問題」として「不問」とされてきた》
この文章をどう理解すれば良いのか?
日本語として「は」が三つも続きカッコだらけの説明は
まるで数学の式のようだな〜と思う
カッコの種類も多くクセのある文だけれども
慣れてくる読めてくるから不思議だ
 
ヒッグス粒子は見つからないので「神の粒子」と呼ばれる
高速で走り回る粒子の速度を遅らせて
質量を持たせ絡み合わせ様々な分子や物質とするのがヒックス粒子
ここから宇宙に星や銀河や生物などの万物であふれるようになった
宇宙の真空でなくヒックス粒子で満たされた空間である
 
宇宙で見つかっている粒子には「物を作る粒子」と
「力を伝える粒子」の二つがあるのだけれども
ヒックス粒子はどちらにも属さず
様々な間を取り持つ役目をしているらしい
 
「私たち〈人間〉は単なる宇宙の観察者であるばかりか
〈宇宙の創造者〉でもあり
しかもその〈宇宙〉はまた私たち〈人間〉に依存している」
「月は人間(その心)が見たときはじめて存在する
人間(その心)が見ていない月は存在しない」
「思弁的」に比喩しているのが「法然上人」のいう
「月かげのいたらぬ里はなけれども眺むる人の心にぞ住む」
 
光は波であるがそのエネルギーには分割できない最小の固まり
(粒子・量子)=光量子とか光子がある
人間が電子を観察したと意識した瞬間に電子の波が粒子に変わる
 
絵画は絵の具の粒子である電子が心を持っていてキャンバスで
互いに情報交換をしながら移動し最後に電子が描き手の心を
感知しながら描かれていく
電子は人間の中にも外にも存在し物も人も電子で結ばれている
以心伝心の世界である
 
無生物だと思われていた素粒子も波動による生命運動をして
心を持って生きている
ミクロの物質は波の性質が極めて強く大きく広がっているが
マクロでの物質の波の広がりは極めて小さいので
動いていないようにしか見えない
氷山にあたる見えるこの世の物質世界と
海水にあたる見えないあの世の心の世界の境界(渚)では
物質世界が心の世界へと還流(同化)し
心の世界が物質世界へと凝固(同化)している
=色即是空 空即是色
 
人間は実在の創造者であると同時に創造の犠牲者でもある
私たちがミクロのあの世で無意識に選択したことが宿命に当たるが
マクロのこの世に時系列に現れ運命になる
この間の相補性には気づかない不可解なモノとして映る
 
物の世界のこの世とあの世の相補性故に
物心一元論の世界観を思弁的に解くのが
東洋の神秘思想のタオイズムであり
科学的に解くのが西洋の思想の量子論であると著者はいう
 
宇宙から人間に与えられた〈生の部分〉の〈寿命時間〉は
物理的に人間にとって〈平等〉に与えられているのに
〈生き甲斐時間〉としての心の時間は心の持ち方の
移管によって違ってくる
 
宇宙より万物に平等に与えられた寿命を
人間にのみ与えられた心の時間としていかに宇宙の意思=
神の心に添って有意義に使うかが
人間のみのかせられた真の時間の使い方の意味であり
人間のみの問われる〈真の時間の過ごし方の意味〉である
 
私たちが真に幸福度を高めるには2500年も前の老子にいう
「樽を知りて分に案じるの思想」
「吾ただ足るを知るの思想」に立ち返り
飽くなく欲望を抑えることを知る必要がある
そのために分子の〈所得を高める〉と同時に
分母の〈欲望を抑える〉ことによって
分子の〈物の豊かさ〉と分母の〈心の豊かさ〉の調和を常に
高く保他無ければならない
高い幸福度を維持するためには物心ともに豊かでなければならない
衣食足りて礼節を知る事のできる時代が
量子論とともにやってきたということであるが
 
その反面どうしたこととか人間は益々怯えて
物に執着する傾向が強く強硬な殺し合いを
激しくしているのが現状のようですね