手段と目的 150903

手段と目的 150903
 
《目的》を達成するための道筋が《手段》で
手段のために選ばれるモノが《道具》である
 
見えている範囲が狭く考えが幼稚なほど
先の見えない不安に晒され
あるいは知らぬが仏の状態で
手段を差し当たっての目的とし
最終的には目の前の生き残るという現象に
追い立てられて死と痛みの恐怖から逃げ惑うことが
尻切れトンボの目的のようになる
 
生き延びることが手段だとすると
生命体の究極的目的とはなんだろうか
視野が広がり意識が深まるほど新たな目的が発見されて
無限の成長をして行くのかもしれないが
今に段階で言えることはこの世の真理を探し出すことであり
それはつまり目的そのものを追い求めていることである
 
とりあえず分かってきたことは
生き延びるためのすべてが手段だということと同時に
必要十分で過不足のない手段のすべては
産まれることに含まれ相対的に用意されており
お互いに気付いて出合いを選べばいいだけのことである
 
しかし気が動転して自分と相手とその中庸の距離観に
気付けないと手段である道筋も見えなくなり
不安に陥り手当たり次第必要以上に奪い合うパニックが起る
この動転して距離を見失ったパニックが手近な手段を
どんどん目的化して世界を小さくしてしまう
 
学び合う切磋琢磨を競争原理に置き換え
自分の納得という倫理を強いもの勝ちの法律や契約に摩り替え
今を個性に合わせて分配する調和の関係を
過去に従う権利と未来を奪い合う暴力で無個性化する
 
距離感を見失うほど集合意識からなる信頼という全体観から遠退き
物質的な部分感を目的として物欲に陥ることになるが
コレも無限の真理の一部であり
この世の地獄を体験するということなのだろう