続元始女性は太陽であった 平塚らいてう 大月書店

続元始女性は太陽であった 平塚らいてう 大月書店
 
戦後ということで馴染み深い内容に出合い
らいてうさんも案外遠いい人でもないことを実感する
 
男女平等に非武装非戦を宣言する新しい憲法を得て
未来永劫の平和を実現するための具体的な方法を知ろうと
模索することに没頭して関係書物を読みあさるが
剣を鋤に打ち替え槍を鎌にというイザヤにあるような
平和と自由と正義を何処に求めればいいのか〜
ここで初めてかもしれない「母の声」という言葉が現れてくる
そして辿り着いたのが
内村鑑三が言うような神にスガル依存ではなく
自らによる解決を目指す
クエーカーの投獄をも辞さぬ兵役拒否
過去の平和運動が全て潰れてきた事実があるなかで
何をするべきか
尾崎行雄が廃藩置県を例にして最小論を否定して
「最大限論」を唱え恒久的平和機構を打ち出し
以後その世界政府機構に同調し参加していく
唯一の方法として分裂する民族主権を法的秩序を創造できる
寄り高き主権によって統合する
平等なる安全・義務・権利を法の下に享受するとあるが
歴史を鑑みれば
力で力を抑え組むことで永久的な平和や調和を維持することなど
不可能だということを分かっていたはずだと思うのだが
らいてうは信じて疑わなかったのだろうか?
 
唯一の方法は力によるものでなく死を覚悟した上で
お互いに多様性を認め合い視野の広い客観的な理解と
調和を模索する意識の高さをお互いの情報を持ち寄ることで
磨き合い自らを養う姿勢においてのみ
過去を引きずらない前向きで嘘の秘密を必要としない関係を
創ることができるのではないだろうか
 
らいてうも言っているように
非戦を宣言したとて理不尽な侵略に侵された時
どうすれば良いのかと自問していますし
敵を想定した抑止力利害のする合わせによる目先だけの
同盟や条約で真の平和を得ることはできないとも言う
更に言うところでは
憲法にそう世界平和に寄与する義務と
経済的自立を達成しようとする願望である
 
物質的な経済的自立は搾取を意味するものに成り兼ねない
ということに気づいていないのかもしれない
支配の下で偽善的な慈善をして済むものでないことも
当然ながら知っていたことだろう
 
明治末期からの意識革命の始まって大正の社会改革
そして戦後の意識性と社会性のふたつを表裏一体とするところに
自由への解放を求めていた
この解放には意識の解放と自我の解放があり
一つは外へ一つは内への運動であって
どちらを欠いても人間と社会の解放を成し得ないとも言う